JCFC傘下の村。箕曲が資金を融資している農園がある。その農園を所有する世帯で昼食、農園で草刈りを体験したあと、各世帯にインタビューした。
Setkot村でモーンさんの家を訪ねた。モーンさんは53歳。夫を亡くした妹のヴァンさん、父親のウアンディ―さん、そして出稼ぎに来ている2人の親戚と暮らしている。
家を訪ねた当初家主のモーンさんは農園に出ていて留守で、家にいた親戚のブアライさんがわざわざ携帯電話を使ってインタビューに協力してくれた。ラオスの人たちは本当に優しい。
30分程経った頃、モーンさんが帰宅した。日に焼けた少しふっくらした女性で、女手で一家を支えるたくましいお母さん、という印象の女性だった。
「どこに自分の豆を売っているのか、あんまり良くわからないのよ。」
モーンさんは組合やフェアトレードについてあまり詳しくない様子だった。
「組合に売ると少し高く買い取ってもらえるけど、仲買人に売る方が都合が良くて好き。」
妹と2人の男手なしで農園をやりくりしている一家なので、草刈りや収穫時に他の家庭よりたくさんの人を雇わなければいけない。その労賃を支払うために、安くてもすぐに現金が手に入るよう仲買人にコーヒー豆を売るのが一番多いそうだ。だけど特に不満そうな様子はない。
といっても、モーンさんの生活がとても苦しいかと言えば、そうでもないようだ。「親戚たちから借金をしないで暮らしていることをとても誇りに思っている。」と嬉しそうに笑顔で教えてくれた。
ラオスの村で女性が家族を支える姿はたくましい。だけど一方でどこかのんびりしていた。モーンさんも妹も穏やかな顔で暮らしの話をしてくれたからだろうか。
今はまだ組合やフェアトレードに関する意識や理解がSetkot村には浸透しきれていないようだ。現在の生活が“苦しくてやっていけない”程悪いわけでもない。しかし、フェアトレードでの取引が少し増えれば、生活はもっと良い方向に変わって行くかもしれない。
これからこの村で組合としての繋がりがもっと強くなり、モーンさん一家が“自分たちために”フェアトレードを選んで私たちにコーヒーを届けてくれるようになれば良いな、と感じた。
「頼れる村長のコーヒー栽培にかける想い」
無口で笑顔が絶えないブンポーンは、私達のインタビューに恥ずかしそうに答えてくれた。
今年52歳なるブンポーンは、20年程前に、妻のマイ(51)、長女とともに、コーヒー栽培をするためにパクセからセットコット村に越してきた。
ブンポーンは現在、セットコット村の村長でもあり、JCFC(生産者組合)のセットコット村の組合長も努めている。親しみやすい人柄と誠実さからか、彼の家には近所の人々がたくさん集まってくる。
私達が訪れた時も、近所に住む人々がたくさん彼の家を訪ねてきて、私達を歓迎する宴会を開いてくれた。
ラオスでは、来客があると歓迎して宴会を開いてくれる。私たちが訪れた他の村でも、宴会を開いてくれたところがあった。
ラオスの宴会は、たくさんの人々が集まってみんなで輪になり、ビア・ラオ(ラオスのビール)やラオラオ(ラオスの地酒)を飲みながら会話をする、とてもにぎやかなものであった。
日本からお土産として持って行った柿の種などのお菓子は、ビア・ラオとともにあっという間になくなってしまった。
歓迎はとてもうれしかったが、お酒で宴会が盛り上がり、ブンポーンもインタビューより宴会のほうに気が散ってしまい、私たちはうまくインタビューができなかった。
しかし、JCFC(生産者組合)をどう思うか、という問いに、
「昔より豆を高く買ってくれるので、毎年コーヒーを売りたい。」
と言い、
今後、コーヒー栽培をどのようにしていきたいか聞くと、
「もっとコーヒーを増やしたい」
と私達の質問に笑顔で答えてくれた。
私達がブンポーンの家に滞在していた間も、彼の周りにはいつも人々が絶えなかった。それは、彼の親しみやすい人柄と誠実さによるのだろう。
そして村長と組合長を務めていることから、人々からも信頼されているのではないかと思う。
また、コーヒー栽培をするためにパクセから越してくるくらい、コーヒーを栽培していることを誇りに思い、やりがいを感じていることが伝わってきた。
ブンポーンは、特にコーヒーの話になるととても楽しそうに答えてくれたのが印象的であった。コーヒー栽培は、彼の生活の支えとなるだけでなく、生きがいでもあるのだということが、彼の表情からうかがえた。
帰り際、一緒に宴会をしていた人が私達に、
「ビア・ラオを最後に1杯ずつ飲んでほしい」と懇願してきた。
私達は1杯ずつ、感謝の意味をこめてビア・ラオを飲んで、彼の家をあとにした。
(服部)
今回インタビューに答えてくれたのは、41歳女性であるメーヴォンさん。
日本に住んでいる私たちにとって子どもは1家族あたり1~3人くらいというイメージだが、彼女は6人もの子どもがいた。
上は23歳、一番下は14歳までだが、独立した子も多いとあって、現在子育てに苦労しているといった様子はなさそうだ。
そんな6人もの子どもを育て上げてきた彼女からは非常にしっかりした印象を抱いた。
いざ、家に案内され部屋を見渡すと家具や電化機器は一通りそろうなど、金銭面では困っているといった様子はなさそうだ。
だが、問題なのは6人という子どもの養育費である。教育費並びに食費など、子どもが多くなるにつれてその家庭は経済状況に苦しむことは目に見えている。
さらには結婚した子ども夫婦の子の出産費用もかかったということもあって、本当に家計はまかなえているのだろうか、そんな心配ばかりが頭の中をよぎった。
しかし、その心配は無用であった。 この家ではコーヒー栽培の他に兼業として駄菓子などを販売する店も開いている。家畜の他にキャベツやレタス、さらには池の魚まで市場に売るなど、多くの収入源があるという。加えて、主食となる米は夫の父親が栽培しているものをもらっているため、かなりの節約とみた。
「お金が必要なの。」
彼女がこう言った時、それはずっしりと重みのある、芯のある言葉に感じた。それぞれの家庭にそれぞれの問題を抱えている。その問題は突如現れ、家族全体に大きな負担を強いることもある。
もちろん、その主となるのがお金。お金は欲しい時にすぐに手に入るのが望ましいというのが本音だろう。家族を守るために始めたコーヒー生産。ちなみにこの家庭が組合に加盟したのは1年前という。
そんな中、娘のティンターンさんが語った、『自分のコーヒー生産に対する自信を持ち続けることが大切である』という言葉を聞くことができた。
「コーヒー生産は単に金儲けのためでなく、この仕事を誇りに思っている。だから続けていけるのよ。」
この家では家族全員の力を合わせて必死に生き抜こうとしている。コーヒー生産もまた然り。楽しみながら品質の良いコーヒーを生産することを目標とする彼女の言葉に期待をして、私たちはこの家での調査を終えた。
(本山)